「つらつらと日々思う。」のブログ記事

他人(ひと)のブログのコメント欄で、勝手に暴走しそうになって反省。だけど、「土」ってほんとーうに大事だと思うから。


行き詰まりつつも、まだ大学内でウロウロしてた頃、プライベートでもハードなことが重なり、なんだかギスギスしたりズタズタになったような気がしてました。学校にも行けなくなって(しかしバイトは行く。<笑)、プチひきこもりだった私は、プランターでハーブを育てて食べてみたり、生ゴミ堆肥化作戦に手を出したり。(どっちも食べ物に絡んでる、ってところがミソです。花は育てられないワタクシ。)


といっても、うまく発酵させることができなくて、悪臭を漂わせたり、でもそのうち、いい土ができた!と喜んでプランターに移し、ハーブを育ててみたら、部屋中にハエが大発生したりと、ツメが甘い、、、。


なんだけど、土の生命力、還元力には本当に驚かされました。発酵が進まなくて、ものすごいニオイになったこともあったけど、それもいつしか分解されて、どう見ても土にしか見えなくなった時には、本当にすごいなあと。そして、なんだか元気というかパワーをもらったり、ココロのバランスを取り戻していったように思います。不思議なんだけど。


と、同時に、土に帰していくべきものを焼却ゴミとし、土に帰さないどころか一方的に二酸化炭素を発生させてしまう、わたしたちの一方通行の生活スタイルや、100年後、200年後の土がどうなっているかも考えずに、目先の利益のために投入される夥しい量と種類の化学肥料や農薬のことを考えて、恐ろしくなったり悲しくなったり情けなくなったり。私たちが生きている間に劇的な変化は目に見えては起こらないのかもしれないけど、こんな状態を永遠に続けていられるわけではなく、実はもう、取り返しのつかないところまで来ているという報告もあるのです。


人間は愚かだし、エゴの固まりでもあるのだけど、だからといってそれに甘んじているわけにもいかない。土とともに、他の様々な生命と一緒に、地球という生命と一緒に、その大きな循環系の中に位置しようとしなければ、「ヒト」という種は存続し得ないのではないかと思う。


逆に、ヒトなんて、そのうち自然や地球からしっぺ返しを受けて、あっという間に絶滅するのでは?、いや、すでに絶滅への道をたどっているのでは?と思ったりもする。それはそれでいいような気もする。



ただ、現在、この地球上にヒトとして生きているわけで、ならば少しでも負担をかけないように、地球の大きな環のなかに私も入れてもらえるようにと思うのだけど、現時点では、なかなか達成できていないのが実状。



「農」に関係する職業柄、以前ほどの大きな分断はないし、一歩くらい近づいた気はするけれど。

新年です。

今年の目標とか抱負とか、そんなこっぱずかしくて気負うようなことを、新年早々掲げたりできない性格なので、タラタラとなんとなく新年になだれ込むのが心地いいとか書いてますが、年明けらしいことを何もしないのかというと、そういうわけでもなく、うちの近所の神社へ初詣に行って、おみくじを2種類ひく、というのは、15~6年続いています。


書いてある内容は、結構すぐに忘れちゃうんだけど、1年間おサイフに入れて持ち歩くワタクシ。


今年ひいた2つのおみくじは、なんだかどっちも同じようなことが書いてあってビックリ。しかも、今の状況をほぼ言い当てられているようでドッキリ。こんなこともあるんだなあと、妙に感心。笑。





運命は、人生は、自分の手で切り開いてるような錯覚を起こすけど、本当は、決められた道を一歩一歩忠実に歩まされているんだろうと思う。苦しいことも、悲しいことも、つらいことも、すべては必然。私という人間に背負わされた「業」とでもいうのかなあ、歩んで行かねばならない道。こんな風に自虐的に考えてしまうのも、ある種の業かもしれない。でも、それが嫌なのではなくて、こんな自分と真っ正面から向かい合って、自分に忠実に生きていたい。



「自分に忠実に」なんて、ホントはエゴのかたまり、ってだけなんだけど、今の私には必要みたい。等身大の、ありのままの自分を見据えるために。

2006年!

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ゆく年は追わず

くる年は拒まず


というのは、去年のイッセー尾形のカウントダウン・ライブ(舞台)DVDのタイトル。紙とDMと埃でいっぱいだった机の上を片づけたら出てきました。


年末の最終仕事を終えてからのここ数日、友人と久々の長電話をしたり、お昼近くまでごろごろ眠ったり、本を読んだり、母の買い物につきあったり、甥っ子たちとさんざん遊んだりして、1年間の休日をまとめて楽しんでいるようです。でも、全然足りない! あと1ヶ月くらい休みたーい!


そして、大晦日当日になって(といっても、そもそも年内にスッキリさせる気なんて最初っからないのだけど)、約2年分の塵と埃と本の山を掃除し始め、今さっき一段落ついたところ。気がついたら年が明けてるではないですか。


数年前までは、新年に向けて、折り目正しくきっちりと!と自分に課していた気もするけど、そもそもナマケモノで小心者の私には、それがプレッシャー、というか、最初でこけて、なんだかケチがついたような気になることがあったので、今はタラタラと過ごして、やり残したこともいっぱいあって、新年はこう!と決めつけることも特にせず、ああ、また、新しい年がやってきたなあ、ひたすら「今」を生きていきたいなあとボンヤリ思っています。そして、こんな風に思っているこの瞬間が、とてつもなく心地よかったりして。


年賀状も、ここ数年来、前もって書いたことなどなく、今年もまた同様。笑。こんな感じにしよう!とかは、仕事が終わった頃から考え始めていて、明日(っていうか今日だ!)は起きたら工作の始まりです。机はそのために片づけたようなもの。毎年遅れて届く私の年賀状は、そろそろ皆さんに定着してきたのではないでしょうか。

停電になって思い知った、電気のこと。


電気のこと

電気がないと、ファンヒーターはもちろんエアコンもアウト、お湯は出ない、コタツもダメ、暖を採ることができるのは、昔からある石油ストーブ。ああそうか、お湯が沸かせます! ガスコンロも辛うじてOK? なら、煮炊きができます。体の中から暖めることは可能。あとはフトンかな。でも、それ以外は全くダメ。パソコンも充電池が切れたら使えない、携帯も電池切れたら、、、あ、乾電池で充電は可能?アダプター必要ですが。電池の携帯ラジオは母が持ってる。(ワタシも一個欲しいんだった!)


となると、灯油買ったり、乾電池買ったり、食料買ったり、お金が必要になりますが、外ではATMもアウト。クレジットカードだって使えない。さて、どうするのでしょう???




、、、と、まあ、危機管理(?)が全くできていないことに気がつきました。




いざとなったらサバイバルできる!と、どうしてだか思っていたけれど、雪のない時期のことしか考えてませんでした、きっと。


先日、激寒い職場で小さな電気ストーブで辛うじて暖を採っていた中、停電になり、寒い上にレジも動かなくて、どうしようか途方にくれた時ゾッとして。サバイバルなんて全然ムリ。春~秋は、もしかしたら、どうにかなるかもだけど、冬は完全に想定外。


原発反対、とか思ってるくせに、ちっともなってないじゃん。
私の生活も心構えも。



そして、うちの母がポツンとつぶやいたのは、「この寒い中、暖房もろくろくなくて、お腹もペコペコの子どもたちが、世界にはおるんやよね、、、。」と。そうなんですよね。こう自分の日常の波にもまれていると、頭の片隅へと追いやられてしまう現実。それは、ここに今こうしている間も現実なのに。スイッチ一つでヌクヌクできる自分の生活とのギャップに愕然としてしまう。


私にできることって、なんなんだろう。というか、結局なにもできない、ってのが現実なの?と恐ろしいし悲しい。


せめてできることはと思って、エコな生活を心がけたり、なるべく石油社会、資本至上社会に荷担しないように、いろんなことを考え続けようとしているわけなのだけど、、、。


ひとりの人間にできることなんて、やっぱりちっぽけなことなのかもしれない。もちろん、だからといって決して投げやりになるつもりはないけれど。

昨日は九条の会のほかにも、小学生の子供を持つお父さんやお母さんに向けての講演会が地元であり、うちの母と一緒に行ってきました。一晩眠ると忘れてしまうことがたくさんある、ヨワイおつむの私ですが、とりあえずぐっすりと眠ってみると、いっぱいいっぱいの気持ちで興奮していた状態が冷めて、頭の中が整理されて、本当に大切な言葉や気持ちだけが残っていたりします。


昨日聴いたお話の中で、ああ、そうか、そういうことか、と思った一言。



「誉める」のではなく「認める」。



言葉っつらだけを問題にするわけではないけど、「誉める」という言葉を聞いた時に、しっくりこないなあと思うことが多くて、自分が誉められた(?)ときも、なんだか居心地の悪い思いをしたことが多いような気がして、「誉める」という言葉や行為と、まっすぐに向き合えない私。


性格悪いからかなあ、素直じゃないしなあ、とかいろいろ思っていたのですが、もちろんそれもあるのですが、昨日『「誉める」のではなくて「認めて」あげてください。』という言葉を聞いた時に、何かがスーッと溶けたような気がしました。私がひっかかってたのはここなのかも、って。




でも、「認める」って、実はとっても大変なこと。表面的にチャチャッと済まされることではなくて、相手のココロと真っ正面から向き合うこと。私が誰かに認めてもらうときも、私が誰かのことを認めようとするときも。

とうとう雪が降り出しました。


朝起きると、寒くて天気は絶対悪いと分かるのに、シンと明るい気配。お日様が照ってるわけでもないのに。そう。外には雪が積もっているのです。午前中はタイヤを換えようか迷った末に、四駆だということを理由に一日延ばしにした私。金沢に出ると、というより、うちから街に向かって2kmほどクルマを走らせると、もう雪はなかったので、やっぱりね、と思うと同時に、ホッ。だけど、明日の午前は久々に少し時間に余裕があるので、換えておいたほうがいいかなあ。(いつもはもっとギリギリなんですが。)


寒いのはもともと苦手だけど、雪が積もり始めたばかりの頃は特に、いいようのない焦りや寂しさに襲われます。何もかもがうまくいかず、世の中でまったくひとりぼっちになったような寂しさ。ウチの中は暖かくて、母がポケっと平和に居眠りをしていたりするのに、です。この季節、というか、12月には、なぜだかいつも精神的に良くない状態だったことが多かったからかもしれない。


それは、自分がしてきたことへの報いというか、自分が蒔いた種なので、そのことと向き合うのは仕方がないというか、向き合っていこうという気はあるものの、すぐに解決するようなことでもなく、寒いからだんだん元気もなくなって、ボケッと時を過ごして、問題を先送りにして、でも、ボケッと過ごした自分を責めて、また焦って、、、。


何をやっているんだろうと思ったりもしますが、自分の弱いところや情けないところを責めるワタシと、「でも、そんなに強くないんだからしょーがないじゃん」と開き直ったり、自分をなぐさめるワタシがいて、そんなところに雪が降って、もう年の瀬なんだよ、という事実を目の前につきつけられて、何もできなかった1年を振り返り、ますます自分を追いつめて、なぐさめて、、、、、、ああ、なんだか忙しいワタシのココロ。


なんだろう、なんだかぽっかり大切なことを忘れているような気がして、それもワタシを不安にさせている気もします。だから、それは何だったのか思い出したくて本を読み始めたり。明日は九条の会・石川ネットの設立1周年集会にも出かけてきます。

ほうっておくと、あっという間に日が過ぎていく今日この頃。




前の仕事を辞めてからのこの1年ほど、信じられないほどのスピードで過ぎてゆく毎日。前の職場はルーティンワークが多かったからか、ボケッとしていても何となく仕事をこなせていました。毎日が割と規則正しく過ぎていて、刺激が少ないといえば少ない職場。おかげで本当にボケーッとしてしまって、その状態に危機感を覚えたというのも、転職するひとつのきっかけだったと記憶しています。


今は刺激がありすぎるほどある職場で、というか、時間には追われるし、分からないことを半分ハッタリでやり過ごしてみたりと、心臓に悪いと思うことが多々起こっているのですが(笑)、なんとか生き長らえてますし、それをほーんの少しですが、楽しめるようにもなってきた模様。だけどやっぱり、こんな状態がずっとだったら、体が持たないように思います。


、、、と、何を書きたいんだったか、何を書こうとしていたのか、眠くってよく分からなくなってきたので、今日はいったんここまでで。エコドライブ・さらに後日談もあるので、また更新しなくっちゃね!

雨がふるたびごとに寒さが増して、秋めいていくこの季節、スットンと落ち込んじゃうことがよくあります。夏生まれだからか、暑くても夏は大好きで、いろんなことがフル回転になる分、その疲れが出てくるのが秋なのかもしれない。


日もだんだんと短くなって、今日なんて雨降りだから、夕方5時を過ぎたらもう真っ暗で、なんだか一人取り残されたような気分になってしまう。たくさん食べてエネルギー蓄えればいいのかもしれないけど(なんて単純!<笑。)、こんな時に限って食欲もあんまりなかったりする。いや、食べ始めたら普通に食べるのだけど、「食べよう」という気が、なかなか起こってこない。先週まで、というか、つい3日ほど前まであんなに食べてたのにねえ。


お天気に気分が左右されるなんて、まだまだヒヨッコの証だろうけど、現実、寒くて天気が悪いと気が滅入ってくる。だからきっとワタシは光合成してるんだ、とか思ったりも、、、そんなわけないか。


まあ、夏の間、PMSもほとんどなくて、あんなに調子がよかったのはちょっとオカシイと思ってましたが、やっぱり来ましたねー。秋はヤバイと思ってたけどやっぱりね。ホルモンのバランスが崩れているからだということが分かってからは、落ち込んだり滅入ったりすることを、必要以上に怖いと思うことはなくなったけど、久々に大きくくると、サスガにちょっと不安になったりもします。


とはいえ、温かいもの食べて、暖かいもの着て、大好きなおフトンにくるまって寝れば、また明日にはお天気回復するみたいだし、大丈夫かな、と考えてみたり。結構安易なワタシです。

ゆらゆら

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ゆらゆら

朝起きると、はりつめていた糸がフッと切れたような、ゆるんだような感覚だった今日。こんな日は、このゆらゆらした気分を楽しめたら最高(=おうちでゴロゴロしたい)なのだけど、こんな日に限って職場ではなぜか忙しい。



こんなゆらゆら気分は、ハイテンションだった時期が過ぎるといつもやってきて、逆に異常なくらいストーンと落ち込んだりすることもあるのだけど、今日は「落ち込む」と言うほどでもなく。忙しくてそんなヒマがなかったというのもあるけど、落ち込むほどの「ロー」加減じゃない、ってことかなあ。





何となく、外より自分の内部に目が向くような日。
考えなくちゃいけないことや、考えていたいことや、そんなことをほっぽって、というか、そんなことぜーんぶがモヤに包まれて遠くに行っちゃって、では内部に向かって何をしているのかというと、めまぐるしく考えることはせず、ぼーっとしているというだけの日。言葉にならない何かが、ゆらゆらと漂っている日。




久々にこんな気分になって、落ち込みモードに入る前兆かと思ったけれど、そんなイヤな感じがしないので、気分の波にまかせて、ゆらゆらしている私です。

大切な友人

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旅立ち

友人が、もうすぐ故郷へ帰る。


最初は、友達の友達、だったのだけど、
ひどい醜態さらしてから、なんだかつるむようになり、
その後は話すたびに「オマエ、バカ。」と言われ続け、
会うたびに「男できた?」と尋ねられ、
それしか訊くことないんかい?
と、うんざりしたこともあったけど、
私にとっては、割とどんな話でもできる、
気楽で信頼できる友人の一人。



だから、彼が帰っちゃうのは、
やっぱりちょっと淋しい。



けど、すごく淋しいワケじゃない。
なんだろう、距離は離れても、

つながってるカンジがするからかなあ?


メールとか電話とかするほどの仲じゃないけど、
次に逢うチャンスがあったら、
また「ヨッ!」って話し始めることができる相手。



年下のくせに(っていうのはホントはあんまり関係ないけど)、
以前からずっと私よりは精神年齢が上で、
私の話すこと、やることなすこと、
ことごとく「バカじゃん?」と一蹴されていたけど、
この前会ったときに、私がいろいろ話していたら、


「オマエ、俺の考えとること全部言うから気持ち悪い。」


と言われてしまった。



ふっふっふ。
私もちょっとは成長したか!と密かに喜んでたら、



「一回話したら、もうあと分かるし、数年は連絡とらんでいいわ。」



って、ナニソレ。(笑)

閑話休題

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同じタイトルを、会社のブログでもつけたような、、、ま、いっか。


ホワイトバンドのこととか、食べ物と飢餓のこととか、いっぱい考えて書きたいことがあるのに、目がトローンと限界です。



一時期クルクル、オーバーヒートしてましたが、その状態は脱し、今はちょっと落ち着いてきた、かな? まあ、その分イキオイはなくなったけど、あのときに考えてたこと、思いついたこと、別々のことと思っていたのがつながったこと、今はじっくり噛みしめて、実際の行動に移すにはどうしたらいいか、とか、実際やっていくってどういうことなのか、とか、地に足をつけて一歩一歩進んで行くぞ~という感じです。





また、回り道したり、後ろ向いたりもするんだろうけどね。



でも、それもひっくるめて進んでいくのがワタシだからね。

見附島付近

最近、能登の方々とお知り合いになれるチャンスに恵まれ、能登熱が急上昇。これまでも海好きの友人(「懲りない私たち、、、 」参照)が遊びに来る度に一緒に海に行っていたのだが、面白いことに気がついた。



 松任 (1999)


   ↓


 七塚 (2001)


   ↓


 能登金剛 (2002)


   ↓


 見附島 (2003)



だんだん北上しているではないですか。



去年、更に北上して、舳倉島へ行く案が出たのだが、台風上陸にて断念。でもいつかきっと絶対に。(実は「内灘(2004)」もあるのだが、これは私が仕事を休めず、友人を職場近くの海に置き去りにしたという、、、笑。)



山育ちの私は、海に対すると、ものすごい畏怖の念がわきおこります。山で遭難しても、なんとかなるような気がするけれど、海で何か起こったらどうしていいか分からない恐怖。でも、だからこそ惹かれる。吸引力強いやねー、海は。正直、海の近くに住む自信はないけども。(自信、というより知恵、かな。知恵がナイ。)




見附島で感動してから、とにかく珠洲に行きたくて行きたくて、でも結局まだ実現していない。そうこうしてるうちに、友人(今度は「飲み友達 」の方の友人です。別に説明は必要ない?笑)が彼女と一緒に珠洲へ行って、私の憧れの宿「さか本旅館」に泊まってきたとか、、、。







っとに、たかだか26、7の若造が、彼女がセレブってだけで、、、(怒)







、、、いえ、単なるひがみです。(苦笑)



二三味珈琲

湯宿 さか本
http://www.nakaichi.co.jp/~sakamoto/



あと、曽々木の「藤六」さんも、いいお宿だそうです。ある方から食事はこちらの方がうまいと聞きました。なら私は最初に藤六さんに、、、(笑)



そして、この友人からおみやげにいただいたのが二三味珈琲。美味しかったよ。ありがとう。二三味さんのことは全然知らなかったのだけど(モグリ?)、珠洲に行ったら行きたいお店が増えました。

花火

「負け犬」は私にとっては褒め言葉かも、と思う今日このごろ。



最初、「負け犬」なる言葉を聞いたとき、あんまりいい気がしなかった。例の本(『負け犬の遠吠え』)は読んでないけど、言葉だけはずいぶん飛び回ってましたし。(今はもう下火?) その頃かろうじて20代だったけど、負け犬と呼ばれておかしくない状況。しかも気分はすでに30歳だったので、すでに負け犬かー、みたいな。


友人にオモシロイからやってみな!と勧められた(?)Yahoo!の「負け犬度チェック」では、30目前にして負け犬度95%。(ちなみにその友人(同じ負け犬世代)はかなり低かったらしい。)そして「あなたはあきらめてませんか? このままでは……(云々)」というアドバイス。「余計なお世話じゃ!」と思いつつ、でも確かに「負け犬街道まっしぐら!」の生活はしてるよね、、、と。




、、、でも、「負け犬」いーじゃん?




『30代・独身・子ナシ。』




うわー、楽しいことばっかりじゃん。
やりたいこと、やりたい放題!
どこでも遊びに行けるよ?


(そして、誕生日にメッセージをくれた方々に、同じコト言ってヒンシュクを買う、、、。)




そのうえ、パラサイト。


(これはあんまり褒められたことじゃないか。いや、でも、昔と違って、覚悟はある程度できてるんですけどね。独り暮らしの。)



興味津々

、、、と、あんまり「負け犬」という言葉を気にしてない、いや、むしろ楽しんでいる(喜んでいる?)自分に気がつきました。30代って、なんだかワクワクしてたんですよね。ここ数年。きっと周りにステキな30代が多いからだと思うのですが。(自分もそうなるとは限らないのに。しかも大半は既婚者。<苦笑) そして、説明するのに手っ取り早いから「楽しく負け犬やってまーす」てな具合です。




それより私が気になることは、あまり30歳に見えない、ということ。中学や高校のときはハタチくらいと言われることがよくあったのに、ハタチを過ぎたあたりから、だんだんと逆転、、、。



一般に、「若く見られる」方がいいとされているかもしれないけど、私の場合はちょっと違う。やっぱり、オツムの中身が軽くて、知識が薄っぺらいことが、顔にも出ちゃうのよねー、と、悲しくなることしばし。「私はいつも年相応に見られる!」と言う友人をうらやましく思うのでした。

happy birthday

今日は、そういえば、妹の誕生日じゃないですか。


高校卒業と同時に東京へ行ったっきり、帰ってきたのは何回?ってほど、東京人になってしまった妹。お盆にもお正月にも来ないので、ごめん、妹がいること、忘れてるときがある私。ヒドイ姉。


東京遊びに行っても、連絡することも忘れてるよね。
(連絡取ったところで、会えないのがオチだけど。)


ただ、妹と私はあまりにも違いすぎていて、私たち2人を知る友人は、とても姉妹だとは思えないと言うし、妹にも「おねーちゃんが、私のおねーちゃんとは思えない」と言われた。考えてみると私も、成人してからの妹のことあまり(というか全然)知らないし、なんだかものすごく遠い家族。距離だけじゃなくって気持ちもね。


でも、帰ってきたら、それはそれで、別に何のことはないので、両親も年とったことだし、たまには帰っておいでよー。

先日も書いた、「ISICOバーチャルショップ道場・基礎講座」の最終回が今日でした。

 

5回講座の最終日の今日は、ネットショップの企画発表と異業種交流会。それぞれの方々に対する先生の指摘やアドバイスが当を得ていて、他の人へのアドバイスを聞いていても勉強になる。それに、今日まで一緒に講座を受けてきたけど、ほとんどの方のことは知らなかったので、みなさんがどんなお店やサービスをなさってるのかも分かったし、すでにネットショップやホムペを運営なさってる方も結構いた。みなさんホントがんばってるよなぁ~、私もがんばんなきゃね!と、また刺激を受けて帰ってきたわけです。

 

で、この講座の最後にあった「秘密の実習」。これまでも秘密実習はありましたが、今回はNHKの「プロジェクトX」の録画を見て総まとめ。「お客様の立場に立つ」ことの重要性がヒシヒシと伝わってくる番組ではあったのですが、、、

 

 


、、、それ以上にすごいことを聞いてしまった。

 


その昔、戦争が終わった頃のこと。
日本には洗濯機なんてありませんでした。

 

家庭の主婦は、もちろん手洗いするわけです。
来る日も来る日も。毎日毎日。

 

その量なんと、5人家族で年間2万枚。
2万枚って、、、???ですが、象1頭分だそうです。

 

 


、、、象1頭分!?

 

 



「2万枚」にしろ、「象1頭分」にしろ、私にはよく分からない数値なのですが(笑)、とにかく多い!ということは明らか。当時のおかあちゃんたちは、洗濯に始まり、洗濯に終わる、ってな生活してたって言っても過言ではないのでは?

 

 


なんだか今は、当たり前のように洗濯機があって、昔はなかったことくらい知っていたけど、本当に「ない」生活がどんなものか、想像したことがなかった私。

 

うちも、今の洗濯機になる前は二槽式の洗濯機で、脱水に移すというだけでも面倒だなと思っていたことも忘れてました。

 

 


そして、今って、ずいぶんラクをしてるなぁと。
ラクチンになっちゃったから、汚れてないのに1回着たから洗う、とか、それが実は水や電気を無駄に使うことなのに、抵抗がないというか、気がつかないと言うか、平気になってしまったのかなぁ、、、。

 

私たちに至っては、日常に洗濯機がない生活を経験したことがないわけで、話には聞いていても、それがどれほどハードなのかまでちゃんと想像できないし、普段そんなこと考えたりしない。だから、水や電気をどんなにたくさん使っているかまで考えが及ばない。

 

 



「エコ」とか言ってるくせに、、、。

 




洗濯機をドラム式にすれば、使う水の量が減る! 生地も傷めないし! とか、そういったことは考えても、今現在の私の日常で、いかに無駄な洗濯をして、水や電気を使いすぎているかを考えてなかった。

 

ムダづかい、結構してるんです。
ごくフツーに生活していて、ふとふりかえると、もったいない使い方してることが結構あるんです。それを、昔は母なんかに「もったいない!」と指摘されていたのに、今では母の方がもったいない使い方していたり、、、。

 



でもこうやって、電気のムダづかい、水のムダづかいができるのも、お金があるからで、世界にはきれいな水を「飲む」ことすらできない人がいるのに、、、。

 

私も搾取の構造の一端を担っているんだよなぁ、、、。ごくフツーの生活をしているだけなのに。結局、私たちの「フツー」が、いかにフツーじゃないかってことか、、、。

 



洗濯のことを考えてたつもりだったのに、なんだかどんどん違う方向へ行く私。ちょっと収拾つかなくなってきたので、いったんこの辺で。

せっけん生活を始めた4年前に、「エコ日記」なるものをつけていたのですが、それを読み返してみると、当時のこと、覚えているつもりでしたが、意外に覚えてないことが判明。


せっけんで髪を洗うのに、相当苦労してたし、コンタクトレンズとも格闘してるし(今ではすっかりあきらめ(?)て、メガネ派に転向。)、ヒマも相当あったようで、生ゴミ堆肥化大作戦なぞもやっておりました。けど、農業と関わる生活、なんて、遠い未来のハナシだと思ったりもしてたわけです。


「30歳になるまでに、きちんと『大人』になっていたい」と考え始めたのもこの頃。


今、30になって振り返ると、『大人』として成長したと思える部分と、「まだまだ!」って部分が混在してます。そしてトータルでは、当時考えても見なかった場所に自分がいる、、、。


あの頃、苦労したり夢のように思ったりしてたこと、いくつか実現していることもあり、逆に、当時の方ががんばっていたこともある。


そして、今また、未来の私に向けて、こうして今の自分を綴る時期にあるのだなと思ってます。

最近は、ちっともエコじゃないかもしれない私。シャンプー・洗顔・歯磨きはせっけん、リンスはクエン酸&オリブ油、メイク落としもオリブ油、洗濯はせっけんで、化粧水は尿素or緑茶化粧水、パックも緑茶、お買い物バッグは持参、たまの(苦笑)食器洗いは、アクリルたわし×お湯or米ぬか粉石けん使用、えーっとあとは、あ、布ナプキン。。。 日々の生活の中でのチッチャイことについては、よかれと思えばやっているつもり。けど、なんとなく気持ちがエコじゃないような気がしています。

いえ、分かっているんです。なんとなくじゃないんです。腑抜けエコの気分になっちゃう第一の原因。やっぱり生ゴミ処理です。仕事を始めてから、時間のやりくりがうまくいかず、プラス、堆肥化を一度失敗したことで、なんだか投げやりに。それに一番の協力を必要とする母には、「臭いからイヤ!」と言われるし。。。

春には張り切ってたプチガーデニングも、梅雨前・梅雨時・梅雨明け時の雑草の猛威に押され、完全にノックアウトです。こんなことなら、やっぱり今年もおとなしく室内で、チマチマ栽培していればよかったです。。。(T_T)  と、何から何まで、なんだか失敗続きの私。まあ、テキトー&イーカゲンに取り組んでいたので、当然といえば当然なんですが。

こんな感じで、生ゴミやら土やらと接する時間が絶対的に減っているのです。循環系に触れてない自分にイライラ気味。まだまだ暖かいことだし、時間見つけてルッコラあたりを栽培しようかなぁ。でもその時間が、なかなかやりくりできなくて、こうなったんだもんなぁ。。。 やっぱり欲張ってはいけないのかしら。それとも私がルーズすぎるのかしら。。。

前にも似たようなこと書いた気がするけれど、今日再びガガーン…となっちゃったので、書いておきます。

いつもはお弁当(モドキ)を持って職場に向かうのだけど、今日は忘れてしまいました。それで、お昼にデパ地下でご飯を買いました。忘れるときは何でも忘れるもので、マイ・バックを忘れました。お金を出すのに手間取ってる間に、素敵な包装がされてました。ご飯にありつくまでに、2枚のビニール袋。容器はもちろんプラスチック。どれも捨てれず、とっておいてあります。いつ使うのか知らないけど。

その後、今日は、講師の先生に便乗してスタバのテイクアウトをしてしまいました。すばらしいゴミの山ができあがりました。

受講生の親御さんから、お菓子をいただきました。うちへ帰ってきて開きました。おいしそうなシャーベットでした。でも、シャーベットの量の軽く3倍はある包装物。。。うちにもすばらしいゴミの山ができてしまいました。。。

今日1日の間に3度も目にしてしまったゴミの山。私1人がが1日出すゴミは、どれくらいになるんだろう? 1週間ではどうか? 1ヶ月では? 1年経ったらどんな量になってるんだろう???

そして、そのゴミが自然に還るまでには、いったいどれほどの年月を必要とするのだろう。

すべてが還りえないことを考慮に入れると、私はとんでもない罪を犯している気がします。私が生きている間に、その代価を支払うことはできるのか? 今日出したゴミの分に対してさえも、一生かかっても償えない気がするのに、私が一生ゴミを出し続けると、どうなってしまうのだろう。。。

やっぱり明日からまた、お弁当を持っていくことを忘れないようにします。

小っちゃくても、できることから。

夏日、下手すると真夏日になる季節になりました。それは同時に喉も渇きやすいということ。極力避けてはいるものの、喉の渇きと手軽さに負け、不本意ながら、ペットボトル飲料を、ここ3週ほどの間に2本も買ってしまいました。

その手軽さゆえに、世の人々はペットボトル飲料を買います。しかもすごいスピードで。私の職場の同僚(ってか上司。)二人は、確実に最低2日に1本、ペットボトル飲料買って飲んでます。大学でも、毎日新しいペットボトル持ってる人がたくさんいます。道行く人も、ペットボトル持ってる人、かなりいます。

そして、空になったペットボトルは、基本的にはゴミ箱行きです。うちでは再使用を何回かしますが、その後はゴミ。もちろんゴミといってもリサイクルに回収されてるのが大半だとは思いますが(というかそう信じたい)。だけど、再利用ったって限界があると思います。形を変え、質を変え(基本的には下がっていく)、次々に再利用される方向で動いてるとは思うけど、そこはやはりプラスチック。最終的には、土に還ることもなければ、石油に戻ることもありません。ゴミになってしまうのです。

でもこれは、プラスチックに限ったことではありません。人間が作り出した、いろんなマテリアルに対してあてはまることです。だから私達は、今後これ以上自然に還せないものを増やしてはいけないと思うし、すでに作ってしまったものを、また生態系の循環機構の中に戻すための研究や努力を続けなければなりません。

だけど、毎日それこそ山のように積もりに積もるペットボトル。

いったいこれからどうなるのでしょう。

なんだかやるせない気持ちになってしまいます。。。

パーマカルチャーの番組を見たとき、そういえば、循環系のシステムを社会活動に取り入れて、地域通貨をも導入したオーストラリアの町のこともやってました。これもすごかった。

お互いに、自分のできることを分け合って、持ちつ持たれつの構造を作って、しかも、経済利益とかが優先してない。やーん、理想!

詳しい内容は、けっこうボケーっと見てたので覚えてないけど、また調べてみようと思いました。

オーストラリアとかニュージーランドって、ちょっぴりあこがれの土地になってきた。ヨーロッパも大好きなんだけどね。。。

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