芝居の余韻(?)が尾を引いてますが、、、。
芝居の後の食事の席で、一緒に行った方が、「仕事もこなしているし、それは自分でそこそこえらいなあとは思うけど、夢がないなあ、、、。」と、ぽつんと。
「夢」をもつことが、そんなに重要なのかなあと、ひねくれ者のワタシ。実は、芝居中も「夢」という言葉を連発されて、なんだかむずがゆいと感じてたわけで。
「夢がない」と言い切ってしまうと、なんだか寂しい感じもするのだけど、だからといって未来に期待する気持ちがないわけではなく、やってみたいことがあったり、こんな生活や環境に身を置いてみたいと思い描いたりもする。だけどそれは、あくまでも、今の生活や、今の自分の延長であって、「夢」ではないような。
戦争のない世界を、とか、搾取のない世界を、とか、そういった大それたことを思ったりもするけれど、こっちは別の意味で「夢」じゃないわけで。
その後、なんでこんなに「夢」という言葉に拒否反応が出るのかなあと考えていたら、思い当たることがないわけでもないことに気がつきました。
その昔、そう、もう10年ほど前になるかなあ、一時期、夢のような話ばっかりする集まりに、よく出かけていました。もちろん、夢のようなことを現実にしていくために、想いを強くすることは、ある意味大切なのだろうと思うし、それを決して否定はしないけれど、思いこみの激しい私は、熱に浮かされたような感覚になっていたのです。地に足がついてない、というか。
その状態が、私にとってはあんまりよくない状態なんだ、と分かったのは、色々失敗を重ねてから。今でもときどき失敗しそうになるけど、なるべく「今」「ここ」という状態を見失わず、地に足をつけて、前を見ようと考えるようになったのは、ほんの2、3年のこと。それと同時に、夢のような「夢」のことを考えるのが嫌になってしまった。のかな。
まあ、もともとクライ子だったし、今もクライんですが(笑)、「夢」という言葉が嫌いだからといって、絶望しているわけでもなく。
最近は、分相応のことができている、ということが、一番嬉しかったり、幸せだなあと感じたりしているし、わざわざ「夢」なんて言わなくてもいいよなー、と、やっぱりそっちに落ち着くわけでした。











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