他の視点にたつこと

自戒の意味を込めて。

私が正しいとか、必要だと思ってることって、結局は、西側諸国が掲げた理想であって、人間すべての理想ではないのかもしれない。日本にいて平和ボケしてるから考えつく程度のものかもしれない。

人間としてどうの、人権がどうの、道義的にどうの、なんて、明日の命の保障がされていない人々、食べるものに困り、寒さに身を震わす人々にとっては、二の次で、どうでもいいことなのかもしれない。

「虐げられている」と、私の目には映っても、本人はそう感じてはいないかもしれない。

私は私の現在の環境で快適に生活している。幸せといっていいだろう。だが、私が幸せだからといって、全ての人が私と同じ生活をしたからといって、幸せだと感じるわけではないと思う。人にはそれぞれの幸せの感じ方があると思う。

いろんな価値観の人間が存在し、いろんな視点を持つ人間がいる。それぞれがお互いを理解しようと努力し、違うことを認めつつ共存する。様々な多様性が共存し、お互いを補い合うような世界。人間社会だけではなく、地球上の全ての生物、無機物が共存しうる世界。お互いを補完し合う世界。
それが、究極的な理想の世界では?と思う。

でも、現在の社会はどうか。
いわゆる「西側」の資本主義社会・経済に重点が置かれ、人々の間に暗黙のスタンダードが存在し、その基準に達していなければ、発展途上というレッテルが貼られる。そして、そういった国々は、是が非でも西側諸国のレベルに到達しようとする。
多様性どころか、一極化に進んでないか?

そして、異質なものを排除しようとする動き。すべてが地球上に存在する限り、ツケはまわってくるし、排除できるわけはないのに。

でも、こういったことを口にすることで、私は「一極化」の方向へ進もうとする動きを否定していることになる。ということは、私も、私と異にするものを排除しようとしているということ!?

だから最後にもう一度。
「自戒」の意味を込めて。

耳には痛くとも、思いを異にする人の意見を冷静に聞けるように努力しよう。
自分がこうと信じる以外の視点にも、立ってみる努力をしよう。